あかいらか

「まいりました」の言葉に思う

 「まいりました」。5歳くらいだろうか、悔しそうに顔をゆがめた男の子が、将棋盤をにらんで呟いた。地域のコミュニティーを伝えるテレビニュースで見たシーンである。対戦相手の高齢の男性は、少々大人気ないようにも思ったが、私には、この男の子の今後の成長を期待できる場面として、とても印象に残った。
「敗けました」「ごめんなさい」・・・。顔を真っ赤にして、自分の敗けを認め、非を認める。自分の力量不足への反省、そして何より強烈な悔しさ、そうした自責の念が強いほど、その後の成長のバネとなると思う。努力している人、頑張っている人ほど、敗れたショック、悔しさは大きく、その精神的な落ち込みの振れ幅が大きいほど、反動の力となって今後の成長のチャンスとなると思う。自分の敗けを認めたがらないタイプの人もいるが、自分の何が足りなくて、何が原因で敗れたのか、反省し、検討することで今後の成長につながる。他者のせいにして、解決した気になっていては、みすみす成長のチャンスを逃すことになる。
 世の中は広い。いろいろな能力を持った人がたくさんいる。若い生徒諸君には、敗れること、失敗することは想定内だと考えてほしい。能力不足を過度に嘆いたり、卑屈になったりする必要はない。敗れること、失敗することを怖がらず、敗けや失敗をその後の成長のバネにしてほしい。