令和8年度2学期始業式

 今日からいよいよ2学期が始まりますが、夏休みの宿題はしっかりと終わっているでしょうか?

 思い返せば私自身も高校時代、夏休みの終わりにギリギリで課題を終わらせた苦い経験があります。あんなに長い夏休みだったのに、なぜ時間は無くなってしまうのでしょうか。

  その理由を考えるうえで、紹介したい言葉があります。今から約二千年前の古代ローマの哲学者であり、政治家としても活躍したセネカ(ルキウス・アンナエウス・セネカ)の言葉です。彼は人間の生き方や時間について深く探求した人物です。セネカはその著書『人生の短さについて』の中で、私たちにこう問いかけています。

 「人間は自分の財産や土地を守るためには必死になり、わずかな侵入者に対しても武器を取って戦う。それなのに、決して取り戻すことのできない『時間』を他人に奪われることに対しては驚くほど寛容であり、自ら進んで時間を浪費してしまう。」

 私たちは、財布からお金を盗まれそうになれば激しく怒り、全力で防ごうとします。しかし、目的もなくスマートフォンを眺め続けたり、他人の目や評価ばかりを気にして過ごしたりして、自分の貴重な時間が奪われていることに対しては、驚くほど無頓着になりがちです。

 セネカはこう締めくくっています。 「我々の人生が短いのではない。我々がそれを短くしているのだ」と。

  「時間が足りない」と感じるとき、実は時間が本当に不足しているのではなく、私たち自身が無自覚のうちに時間を捨ててしまっているのかもしれません。

 過去を悔やんでも時間は戻りませんし、未来を恐れて立ち止まっていても時間は過ぎていきます。日々なんとなく流されて過ごす1時間と、明確な意図を持って没頭する1時間とでは、1年後に手にする成果に天と地ほどの差が生まれます。

  2学期は、学校行事や日々の授業、そして3年生にとっては受験勉強など、やるべきことが山積みとなり、「時間が足りない」と感じることが増える時期です。

 だからこそ、この2学期の始まりにあたり、ぜひ一度自分の時間の使い方を見つめ直してみてください。流されるままに過ごす時間を削り、自分の意志で集中する時間をつくり出すこと。

 皆さんに与えられた時間は、自分の夢や志を叶えるために十分存在しています。今この瞬間から自分の意志で時間をコントロールして、実り多き2学期にしていくことを期待しています。

                               

  令和8年9月1日

令和8年度1学期終業式

 この1学期、皆さんはどのように過ごしたでしょうか。特に新たに本校の門をくぐった1年生にとっては、授業の進度、課される課題の質と量、そして高いレベルで切磋琢磨する部活動など、息つく暇もない日々だったことと思います。2年生、3年生にとっても、それぞれの立場から自らの限界に挑むタフな数ヶ月だったはずです。

 しかし、このあたりで一度、胸に手を当てて立ち止まってみてください。皆さんは、「熊高の生徒としての日常」に、どこか「慣れ」や「妥協」を生じさせてはいでしょうか。「周りもこのくらいだから」「忙しいから」と、自分自身に対する合格点を低く設定してしまっていることはありませんでしたか?

 「自分に厳しくあること」は簡単なことではありません。人間だれしも楽な方に流れてしまいがちになり、厳しくあり続けることは並大抵のことではありません。自分に対する厳しさを表す、ルネサンスの巨匠ミケランジェロのエピソードを紹介します。

 彼は、バチカンのシスティーナ礼拝堂の天井に、気が遠くなるほど巨大な壁画(『天地創造』)を描き上げました。彼は4年もの間、高い足場の上に立ち、首を後ろに曲げたままの姿勢で描き続け、体はボロボロになったと言われています。ある時、友人が彼にこう尋ねました。「そんな高い場所の、しかも隅々にある暗い影の部分など、誰も見上げないし気づきもしない。なぜそこまで完璧に描き込もうとするのか」と。

 

ミケランジェロは短くこう答えました。 「私自身が見ている」

 

彼は、他人の評価や世間の目のために筆を動かしていたのではありません。彼が戦っていたのは、他ならぬ「自分自身の妥協」というエピソードです。誰も気づかない場所だからこそ、自分自身を欺くわけにはいかない。その徹底して己に厳しく、自らを律する精神こそが、何世紀もの時を超えて世界を圧倒し続ける傑作を生み出したのです。

 

 これから始まる夏休みは、学校という枠組みから離れ、皆さんの「自律の精神」が最も試される期間です。高いレベルで戦おうとすればするほど、真に差がつくのは、誰も見ていない時間です。先生の目が届かない場所で、友人の視線がない場所で、どれだけ自分を厳しく律して、自分自身を高めることができるのか。

 これは学習面においても、部活動においても同じことです。自分の甘さを断ち切り、机に向かえるか。スマホの誘惑を断ち切り、眠気に打ち勝ち、自分を追い込めるか。部活動においては、苦しい練習中でも楽な道に流れず、自分に厳しく練習に打ち込めるか。

 「このくらいでいいや」という自分の中の甘えの声に負けず、誰に見せるためでもない、自分自身が納得し、誇れるだけの厳しい選択を積み重ねてください。

令和8年度入学式式辞

 ただ今入学を許可された新入生の皆さん、入学おめでとうございます。熊谷高校は皆さんを心より歓迎いたします。

 新入生の皆さんは厳しい受験を乗り越え、この熊谷高校の一員となることができたことを、私たちは誇りに思います。そして、この新しい環境で、皆さんがどのように成長し、未来を切り拓いていくのか、大きな期待を寄せております。

 本校は「質実剛健」「文武両道」「自由と自治」という校訓のもと、多くの優れた卒業生を世に送り出してきました。その土台となっているのは、努力を惜しまず学び続ける心、そして人間としての品格を磨く姿勢です。この校訓はこれからの皆さんの高校生活の指針となるものであり、私たち教職員が日々の教育活動で大切にしている信念でもあります。

 

 さて、本校の門をくぐった皆さんは、これから「真の学び」に向かうこととなります。高等学校での学びは単に知識の集積にとどまらず、学問への飽くなき探求心や思考力・論理性を養う場でもあります。また、その中で人間性を育てる場でもあります。

 二十世紀最大の天才と称されるアルベルト・アインシュタインは数々の功績を残しましたが、晩年になってもなお、少年のような探究心を失いませんでした。

 彼は言います。
「学べば学ぶほど、自分が何も知らなかったということに気づく。そして、自分を知れば知るほど、もっと学びたくなる。」

 

 彼はこの言葉を一つの「円」に例え、「知識の円が大きくなればなるほど、その周囲にある『未知の世界』との接点も広くなる」と説きました。
学びが深まるほど、実は「知らないこと」が増えていく。この感覚を論理的に説明したものです。

 これから皆さんは学業を進める中で、「分からないことが増えた」と壁にぶつかることもあるでしょう。しかしそれは、皆さんの知性の円が順調に拡大し、より深く広大な未知の領域に触れている証拠に他なりません。戸惑うことなく、その「未知」との出会いを楽しんでください。

 これから歩む三年間は、自分の可能性を見出し、未来を形作るかけがえのない時間です。時には困難や挫折に直面することもあるでしょう。しかし、それこそが皆さんをより強く、逞しく成長させる糧となります。挑戦を恐れず、常に前を向き、自らの目標に向かって邁進してください。

 

 また、本校は切磋琢磨し合う友情を育む場でもあります。ここで出会う仲間は単なる同級生ではありません。互いに支え合い、高め合う中で築かれる絆は、生涯の宝となるはずです。仲間との交流を通じて、人間としての幅を広げていってください。

 

 保護者の皆様、本日はお子様のご入学、誠におめでとうございます。新たな門出を迎えられましたこと、心よりお祝い申し上げます。これからの三年間、多感な時期にあるお子様が自立した一人の人間として大きく成長していく姿を見守ることは、何物にも代えがたい喜びであると存じます。本校は皆様と手を携え、お子様が充実した高校生活を送れるよう全力を尽くしてまいります。引き続き、本校の教育活動への温かいご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

 

 新入生の皆さん、これからの高校生活は皆さん自身の未来を築くための大切な時間です。どうか希望と情熱を胸に、学びに励み、友情を深め、そして自らの可能性を信じて歩んでください。私たち教職員一同、皆さんが充実した時間を過ごし、力強く未来へ羽ばたく姿を心より楽しみにしています。

 

 結びに、皆さん一人ひとりのこれからの高校生活が実り多きものとなり、ここから羽ばたく未来が輝かしいものであることを心より祈念いたしますとともに、教職員一同、心から歓迎いたします。

 

   令和8年4月8日

                         埼玉県立熊谷高等学校長 市川 京

令和8年度始業式

 先日、私のかつての教え子に会う機会がありました。その際、話題にのぼったのが、慶応義塾大学の創始者である福澤諭吉のあまりにも有名なあの一節でした。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

『学問のすすめ』の冒頭です。皆さんも一度は耳にしたことがあるでしょう。

 しかし、この言葉が単に「人間は生まれながらに平等だ」という理想論を語ったものではないことを、ご存じでしょうか。実は、この一節のすぐ後には、「と言えり」という言葉が続いています。

つまり、「天は人を平等に造ったと言われているが・・・」と続き、でも「現実はどうだろうか」と、福澤は問いかけます。

「今、この社会を見渡してみれば、賢い人もいれば愚かな人もいる。富める人もいれば貧しい人もいる。その差は、まるで雲と泥ほどの違いがある。一体それはなぜだろうか」と問いかけるのです。

 そして福澤の出した答えは、驚くほどシンプルで明快でした。

「人は学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」

 つまり、賢いか愚かか、豊かか貧しいか。その差はただ一点、「学んだか、学ばなかったか」、それだけで決まるのだと言い切ったのです。彼は、現実に存在する厳然たる「格差」を直視し、その格差を乗り越え自らの人生を切り拓く唯一の手段こそが「学問」であると強調したのです。

 皆さんは今、公式や英単語を覚え、歴史を学ぶ日々を送っています。時には「この知識が一体、将来何の役に立つのか」と、疑問に思うこともあるかもしれません。しかし、忘れないでください。 皆さんが今取り組んでいることは、単なるテスト対策ではありません。自分の人生を豊かにし、誰からも搾取されることなく、自分の足で歩いていくための「力」を蓄えているのです。

 福澤諭吉の「志の高さ」を示す、あるエピソードがあります。

 明治維新の激動期、上野で戦争が勃発し、江戸の町に大砲の音が鳴り響きパニックとなりました。人々が逃げ惑う中、彼は慶應義塾の教室で、わずか数人の教え子を前に、平然と経済学の講義を続けていました。 彼はこう言いました。

「世の中がどう変わろうと、我々が学問の火を絶やさない限り、この国は滅びない」

 これは、今の皆さんも同じです。社会がどのように変化しようとも、皆さんが今、机に向かって学問を究めようとするその一歩は、確実に「未来」へと繋がっています。そして、未来を切り開いていくためには、その着実な一歩一歩が必要なのです。

 この一年が、皆さんにとって「真の自由」を掴み取るための、価値ある時間となることを心から願っています。

  令和8年4月8日

令和8年度当初挨拶

 本校のホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。

 本校は1895年(明治28年)の創立以来、130年を超える年月を重ねてまいりました。この長い歴史の中で、本校が県下有数の伝統校として歩み続けてこれましたのは、ひとえに保護者の皆様、そして社会の第一線で活躍される卒業生の皆様の温かい御支援の賜物であり、深く感謝申し上げます。

 本校には、連綿と受け継がれてきた「質実剛健」「文武両道」「自由と自治」という三つの校訓があります。これらは単なる言葉ではなく、本校の教育の根幹をなす精神であり、この伝統の上に今日の熊谷高校の姿があります。

 現在、私たちは正解のない問いや不透明な社会課題が山積する時代に生きています。こうした時代だからこそ、本校は「日本と世界に貢献できる人材を育成する学校」を掲げ、教職員が一丸となって、困難に立ち向かい最後までやり抜く力を育む教育を実践してまいります。

 伝統を尊び、守るべき規範を堅持しながらも、時代の潮流を的確に捉え、次代を担うリーダーの育成に全力を尽くす所存です。生徒たちが「熊高」での学びを通じて、自らの可能性を広げ、逞しく成長していく姿を、地域・保護者の皆様と共に支えていければ幸いです。

今後とも、変わらぬ御支援と御協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

 

   令和8年4月1日

                                          校長 市川 京

令和7年度修了式

 この一年間、普段の授業や定期考査、模擬試験、部活動、そして学校行事と、本当に息つく暇もなかったことでしょう。部活動においても、練習の厳しさや大会の緊張感、チームメイトとの切磋琢磨など、さまざまな経験を積んできたと思います。

 これから春休みに入りますが、春休みはしばしば「階段の踊り場」に例えられることがあります。次の学年へ向かうために、一度立ち止まり、ここまで自分がどの高さまで登ってきたのかをしっかりと振り返ってみてください。この振 り返りにおいて、最も重要なのは、「自分の現在地を正確に知る」ということです。

 中国の古典『孫子』の兵法に、有名な一節があります。

 「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」

 多くの人は「敵」、つまり志望校やライバルについては熱心に調べますが、「己」、すなわち自分自身の現状を直視することを恐れがちです。例えば、「自分はまだ本気を出していないだけだ」「模試の結果はたまたま調子が悪かっただけだ」という言い訳で、自分の立ち位置を曖昧にしてしまいがちです。

 しかし、ここであえて厳しいことを言えば、皆さんが競い合っているのは、隣の席の友人や他クラスのライバル、また同じ部活の部員達ではありません。今この瞬間も、全国のライバルたちは死に物狂いでペンを動かしたり、思考力を磨いたりしています。部活動での努力も同じです。毎日の練習、一回一回の試合や演奏会、舞台での挑戦が、自分を磨く重要なステップであることを忘れないでください。

 皆さんの目指す志望校や目標が高ければ高いほど、その挑戦の舞台は「全国区」となります。校門を一歩出れば、皆さんは、数万人、数十万人の受験生や競技者と競わなくてはならないのです。だからこそ、今の自分の現在地を知ってほしいのです。

 自分の学力や得意科目、苦手科目、又は自分の学習時間の量や質など。部活動では自分の技術や体力、なども冷静かつ厳しく客観的に受け入れてください。自分の現在地と目標地点との距離を正確に測ることこそが、合格や勝利への最短ルートです。

 明日から始まる春休み、皆さんは自由な時間を手にします。

 本当の自由とは、「何もしないこと」ではありません。むしろ、「自らを律し、やるべきことをやり抜くこと」に他なりません。

 この1年間を通じて培った努力の積み重ねを、ぜひ活かしてほしいと思います。

 「井の中の蛙」にはならないでください。

 日本や世界という広い世界を見据えつつ、同時に堅実に自分の足元を見つめてください。

 令和8年3月24日

 

令和7年度卒業証書授与式式辞

 本日、卒業証書を授与された卒業生の皆様、ご卒業誠におめでとうございます。また、保護者の皆様におかれましては、お子様のご成長とご卒業に心からお慶び申し上げます。これまで本校の教育に格別のご理解とご支援を賜りましたこと、重ねて御礼申し上げます。

 皆さんの歩みを振り返りますと、皆さんが生まれた平成20年前後、世界は大きな変革の時代を迎えていました。リーマン・ショックにより世界経済が動揺し、同じ年には初代iPhoneが日本に登場するなど、社会の仕組みが根本から変わり始めた年でもあります。

 あれから18年、その間には、東日本大震災や新型コロナウイルス感染症という未曽有の試練にも見舞われました。日常と変わらぬと思われていた世界が一変する様を目の当たりにし、時に戸惑いながらも力強く歩んできたことと思います。

 そしてこの18年間は、それまでの常識や予測が次々と覆される、先行きを見通すことが一層困難な時代であったと言わざるを得ません。さらにこれから皆さんが直面する社会は、人工知能(AI)をはじめとする革新的な技術が進展し、人間の存在意義や能力の在り方が問われる時代でもあります。

 17世紀の哲学者であり数学者でもあったブレーズ・パスカルは、「人間は考える葦である」と述べ、人間の弱さと同時に知性の尊さを指摘しました。すなわち、人間は自然界で最もか弱い存在ではあるが、思考することで、その価値を見いだすことができるという意味です。我々は計算の速さや正確さにおいて機械には及びません。しかし、機械が示す答えの意味を深く考え、それをどう活用し生かすかを判断し決断するのは、他ならぬ人間の知性なのです。

 未来が不確かで答えのない時代をどう生きるべきか。

 多くの迷いや試行錯誤を繰り返しながら、自ら状況を見極め、新たな道を切り開くことが求められます。他者の意見にただ従うだけでなく、自身の思考を尽くし、失敗を恐れず、新たな発見へ挑戦していくことが必要です。

 論理的思考と挑戦を恐れぬ勇気。この二つの調和こそが、激動の世を渡る礎となります。本校において培われた学びは、単なる知識の蓄積にとどまらず、物事の本質を捉え、自らの道筋を見出す力であると確信しています。

 卒業生の皆さんは、間もなく本校を巣立ち、新たな世界に歩み出します。4月から始まる新生活には、期待と不安が交錯していることと存じますが、自信を持って未来へ羽ばたいてください。

 皆さんの力ならば、幾重の困難も乗り越えられると信じています。これまでに培った力を、これからの社会で存分に発揮し、一層のご活躍を遂げられますことを心より祈念しております。

 社会に羽ばたく卒業生の皆さん、未来は皆さん自身が切り拓いていくものです。熊谷高校は、これからもずっと皆さんを応援しています。

 令和8年3月14日

 埼玉県立熊谷高等学校長 市川 京

アクセスカウンター
0 2 7 6 3 4